親子だから価値観は同じというのは幻想である

※この記事にはプロモーションが含まれています。

つぶやき
この記事は約6分で読めます。

親子とはいえ、別個の人間。

それを理解していないと、良好な親子関係が築けないのではないでしょうか。

親が自分の考えや好みを子供に押し付けていないか?
自分がかなえられなかったことを子供に押し付けていないか?

親であるならば、常にそのことは念頭に置いておくということを心がけたいと私は思います。

何故、私がそんなことを考えているかというと

とても良好な親子関係が築けてるとは言えない、私と母との関係に理由があるのです。

スポンサーリンク

怪獣ネバゴン登場!

先日、久しぶりに帰省しました。

昨今の騒動で、母が嫌がったこともあり、随分と帰省していませんでした。

私には年老いた母親の様子が心配であったのと、私の元気な姿を見せたいという思いがありました。

実家についたときは、思っていたより元気そうにしていた母を見て安堵したのもつかの間。

母から次々と出る言葉は、私に対するお説教?ばかりでした。

一体どんなことを言われたのかを簡単にまとめてみました💦

  • 髪の毛が長すぎる、なんで髪を切らないのか。その年齢でそんな髪形はおかしい。
  • 瘦せすぎている。
  • (成人した)息子が痩せているのはお母さん(私)が悪い。
  • もっと食べないといけない → 朝昼晩としっかり食べないといけない。母が私ぐらいの年齢の時はご飯2膳くらいは食べていた。

とまあ、このようなことを一度ならず、私が滞在している間、何度も何度も繰り返し言われ続けるわけです。
私からすると、私のことをまるで全否定しているように思えてくるのです。

母がなんでこのようなことをしつこく私に言い続けるのか?
それは母の基本的な考え方にあります。

  • 母はショートヘアーが好きで、母自身、ずっとショートヘアーでいる。
  • 農業を営んでいた母はたくさん食べて体力をつけなければいけなかった。
    ある程度太っている=健康である と思っている。

反対に私は

  • ショートヘアーが嫌い。小学生の頃、散髪屋でぱっつんぱっつんに短く髪を切られていた。それが嫌で基本的に髪を伸ばすようになった(とはいっても、肩ぐらいまで)
    (※ただし、今回は美容室になかなか行けなかったこと、実家へ行くまでに山登りをしていたので、髪がかなり乱れていたことは否定できません💦)
  • 日々、ヨガや気功をして体をメンテナンスしている。今の体重がベスト体重。
  • 成人した息子が痩せているのは、体質(彼の祖母や父親はガリガリだったので遺伝)
  • 私は事務員なので体力仕事ではないし、年齢的にもそんなに食べられない。食べたいときに食べたいだけ食べるのがベスト。

ああ~、見事に正反対ですね💦

正反対の価値観を持っている私のことが母には理解できないのでしょう。
母にとっては自分の考え(価値観)こそ正しく、それに従うように子供に注意しているだけであり、まさか、自分の価値観を押し付けているとは思っていないのでしょう。

食べないといけない、髪は短くしないといけない、

○○せねばならない

そんなことを毎日繰り返し言い続ける母に私はとうとう耐えきれなくなって、

“うるさい、黙れ!”と暴言を吐く始末・・・

産み育ててくれた母親になんてことを!って思われるかもしれないけど、

この時の母は、私にとってもはや怪獣としか思えなかったのです💦

私は、あまりにも腹が立ったので母のことをネバゴンと命名しました💦(本人には内緒ですけど)

 

思いは通じず 割れたヒビは修復不可能?

母と私、

お互いがお互いの身を案じていたには違いありません。

でも、親子だから遠慮なく?価値観がぶつかり合ってしまい、今回の帰省は本当に残念な結果になってしまいました。

高齢ゆえ、耳が聞こえづらかったり、自分の言ったことをすぐに忘れてしまうので同じことを何度も言うのは致し方ないことではあります。

そういう点を踏まえて

私ももう少し、うまく対応すればよかったのですが、

初日から散々言われてしまい、冷静でいられなくなってしまいました。

若くして未亡人になりながらも、必死で私たち子供3人を育て上げてくれた母。

その母を尊敬し、感謝もしていますが、

しばらく実家に戻るつもりはありません。

一度割れてしまったヒビを修復するのは難しいものです。

ねばならないって、必要なことなの?

○○ねばならない

私にも○○ねばならないがあります。

勉強しなければならない

朝食は絶対食べねばならない

食事は一汁三菜でなければならない(一汁三菜なんて作ってないけど(笑))

少々体がしんどくっても仕事にいかなければならない

それ以外にも、自分が気づいていないだけで多分一杯ある ○○ねばならない

でも、その○○ねばならないって、本当に必要なのかなって最近は思います。

○○ねばならないがあるからこそ、頑張れる私がいるのも事実だけど、

○○ねばならないに縛られすぎて大切なものを見失っていないか
他人に押し付けて傷つけていないか

もう一度考える必要があるなって思えてきました。

自由であること=他を尊重する

私たちは自由なんです。
自由に生きていいんです。
他の人の○○ねばならないに振り回され、縛られることはないのです。

自分が自由に生きるということは、同時に自分の○○ねばならないを他人に押し付けるのではなく、他人の価値観を尊重するということです。

あなたは○○ですね、ですが、私は○○です。
お互いに尊重しましょうね。

そんな関係でいられたら、喧嘩することもないのです。

もし、お互いを尊重することができない間柄であるなら、離れるという選択もあります。

離れるということは決して逃げるということではありません。

離れるということがお互いにとってベストということもあるのです。
一緒にいることで心に傷を負い続ける、そんな関係は続けたくない、って私は思います。

 

私は自由に生きるということを選択しました。
自由に生きていいんだということをアシュタールに教えてもらったのです。

あなたもアシュタール 宇宙の真実  77のディスクロージャーの本を手にとって読んでみてください。

グルんと価値観がひっくり返ります。
勿論、それが正しいのか、正しくないのか私にはわかりません。

でも、いろんな考え方があるということを知ることは大切なことだと思います。

 

人生を劇的に変えたい方はこちらの記事を読んでみてね。

 

ポチっとしてしていただくと励みになります💛

ありがとうございます。


自己啓発ランキング


コメント

タイトルとURLをコピーしました