こんにちは、灯子です。
随分昔、
まだ20代だったでしょうか。
大勢の人でごった返しているJR大阪駅を歩いていた時のこと。
突然、不思議な感覚に襲われました。
わたしの周りの世界が
すべて幻のように感じられたのです。
まるで、わたし一人が周りの世界から浮いてしまったかのようでした。
実在しているのは、わたしただ一人であり、
目の前に見えている人や景色は全て幻影である――。
あの時の不思議な感覚は、何だったのか…
わたしは、その答えを量子力学に求めました。
はたして
わたしの不思議な体験は量子論的に説明がつくのでしょうか…
■その瞬間、世界はどう見えていたのか
あの日の大阪駅は、いつも通りの雑踏でした。
昼間の構内は人の流れが途切れず、ガヤガヤとした喧騒音が四方八方から押し寄せてくるはずなのに、
その瞬間だけ、まるで遠くの方で鳴っている環境音のように聞こえました。
そして、目に映る景色もどこか“淡い”のです。
人も建物も、
透明とまではいかないけれど、実体が薄まったように感じられ、
不思議な“向こう側の世界”に見えました。
自分だけがこちら側にいて、周囲は薄い膜の向こうにある別のレイヤーのよう。
ほんの一瞬の出来事だったのに、その奇妙な感覚だけは今も鮮明に残っています。
■あの一瞬に何が起きていたのか
でも、なぜわたしはあんな感覚に陥ったんでしょう。
その時のわたしは、何らトラブルを抱えていたわけでもなく、
現実逃避したかったという理由は当てはまりません。
体調が悪かったわけでもありませんでしたし、
ましてや歩きながら寝ていたなんてことも考えられません(笑)
当時はどう考えても説明がつかなかったんですが、
最近になって量子力学の本を少し読み始めたことで、
あの体験に”ひとつの説明”がつくような気がしてきたのです。
量子力学によると
ミクロの世界では、「物質」とは非常にあいまいで不確かな存在であり、
素粒子レベルでは「物質」は波動であり、エネルギーの塊なのだそうです。
つまり、量子力学的に見ると、
「物質」というものは本来、固定された実態として存在しているわけではない――
そんな説明を目にしました。
えっ、「物質」は確固として存在しているわけではない?
でも、「物質」は見ることもできるし、触ることもできるのに?
一体、どういうことなの?
わたしは、ミナミAアシュタールさんのファンですが、
その著書の中で、アシュタールが物質のことをこのように説明しています。
「物質は見ているときだけ存在します。見ていない所には何も存在しないのです。」
「あなたが現実だと思っているのは幻なのです。ホログラムなのです。」
ますますわけがわからなくなりました(笑)
物質というのはわたしたちが思っているような、”確かなもの”ではない…
そういうことなのでしょうか。
ほんの少しだけ量子論に触れてみましたが
やっぱりわたしには難しくて、
完全に理解するには、まだほど遠いようです。
✦ 答えが出ないままに
あの日の出来事は、今でもうまく説明がつきません。
量子力学の本を読んでも、アシュタールの言葉に触れても、
「これだ」という答えが見つかったわけではありません。
それでも、
あの“淡い世界”の感覚と、
量子論が語る「物質のあいまいさ」には、
どこか共通するものがあるように思えてならないのです。
はっきりした結論は出ないけれど、
だからこそ、もう少し学んでみようと思います。
参考書籍
ミナミAアシュタール著作
田坂広志氏著作
死は存在しない ― 最先端量子科学が示す新たな仮説 (光文社新書)
松尾泰氏監修
東京大学の先生伝授 文系のためのめっちゃやさしい 量子論


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