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世界が“向こう側”に見えた瞬間──量子論と不思議な体験の交差点

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JR大阪駅の雑踏の写真。画像下部に「世界が”向こう側”に見えた一瞬」の文字が記載されている。 つぶやき・雑記
この記事は約3分で読めます。

こんにちは、灯子です。

随分昔、

まだ20代だったでしょうか。

大勢の人でごった返しているJR大阪駅を歩いていた時のこと。

突然、不思議な感覚に襲われました。

わたしの周りの世界が
すべて幻のように感じられたのです。

まるで、わたし一人が周りの世界から浮いてしまったかのようでした。

実在しているのは、わたしただ一人であり、
目の前に見えている人や景色は全て幻影である――。

あの時の不思議な感覚は、何だったのか…

わたしは、その答えを量子力学に求めました。

はたして

わたしの不思議な体験は量子論的に説明がつくのでしょうか…

■その瞬間、世界はどう見えていたのか

あの日の大阪駅は、いつも通りの雑踏でした。

昼間の構内は人の流れが途切れず、ガヤガヤとした喧騒音が四方八方から押し寄せてくるはずなのに、

その瞬間だけ、まるで遠くの方で鳴っている環境音のように聞こえました。

そして、目に映る景色もどこか“淡い”のです。

人も建物も、

透明とまではいかないけれど、実体が薄まったように感じられ、
不思議な“向こう側の世界”に見えました。

自分だけがこちら側にいて、周囲は薄い膜の向こうにある別のレイヤーのよう。

ほんの一瞬の出来事だったのに、その奇妙な感覚だけは今も鮮明に残っています。

■あの一瞬に何が起きていたのか

でも、なぜわたしはあんな感覚に陥ったんでしょう。

その時のわたしは、何らトラブルを抱えていたわけでもなく、

現実逃避したかったという理由は当てはまりません。

体調が悪かったわけでもありませんでしたし、

ましてや歩きながら寝ていたなんてことも考えられません(笑)

当時はどう考えても説明がつかなかったんですが、

最近になって量子力学の本を少し読み始めたことで、

あの体験に”ひとつの説明”がつくような気がしてきたのです。

量子力学によると

ミクロの世界では、「物質」とは非常にあいまいで不確かな存在であり、
素粒子レベルでは「物質」は波動であり、エネルギーの塊なのだそうです。

つまり、量子力学的に見ると、
「物質」というものは本来、固定された実態として存在しているわけではない――

そんな説明を目にしました。

えっ、「物質」は確固として存在しているわけではない?

でも、「物質」は見ることもできるし、触ることもできるのに?

一体、どういうことなの?

 

わたしは、ミナミAアシュタールさんのファンですが、

その著書の中で、アシュタールが物質のことをこのように説明しています。

「物質は見ているときだけ存在します。見ていない所には何も存在しないのです。」
「あなたが現実だと思っているのは幻なのです。ホログラムなのです。」

アシュタール 宇宙の真実  77のディスクロージャー

ますますわけがわからなくなりました(笑)

物質というのはわたしたちが思っているような、”確かなもの”ではない…

そういうことなのでしょうか。

ほんの少しだけ量子論に触れてみましたが

やっぱりわたしには難しくて、
完全に理解するには、まだほど遠いようです。

✦ 答えが出ないままに

あの日の出来事は、今でもうまく説明がつきません。

量子力学の本を読んでも、アシュタールの言葉に触れても、
「これだ」という答えが見つかったわけではありません。

それでも、

あの“淡い世界”の感覚と、
量子論が語る「物質のあいまいさ」には、
どこか共通するものがあるように思えてならないのです。

はっきりした結論は出ないけれど、
だからこそ、もう少し学んでみようと思います。

 

参考書籍

ミナミAアシュタール著作

アシュタール 宇宙の真実  77のディスクロージャー

田坂広志氏著作

死は存在しない ― 最先端量子科学が示す新たな仮説 (光文社新書)

松尾泰氏監修
東京大学の先生伝授 文系のためのめっちゃやさしい 量子論

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