◆ 親子間の価値観の相違について
実家に帰るたびに思うのですが、
母とは“食べること”に対する価値観がまったく違います。
母の中では、
- 細身=不健康。
- たくさん食べる=健康。
- だから食べさせなければならない。
この方程式が、もう何十年も揺らいでいません。
一方のわたしはというと、
肉体労働をしているわけでもなく、 年齢的にもそんなに量を食べられるわけではありません。
自分の体調や生活リズムに合わせて、 必要な分だけ食べれば十分だと思っています。
ところが母は、 その“わたしの感覚”を理解しようとしない。
いや、理解できないと言ったほうが近いのかもしれません。
高齢になり、できることが減ってきた母にとって、
「料理を作る」「食べさせる」「体調を気遣う」
これらが“母としての役割”の最後の砦になっているのだと思います。
だからこそ、
細身のわたし。(実は、学生時代に比べ、10kg以上痩せています。)
母から見れば、食が細いわたし。
そんなわたしが、心配でならないのでしょう。
でもね、わたしはここにどうしても賛同できません。
心配という行為は、
裏を返せば 「あなたは自分でうまくやれないかもしれない」 という前提があるように思えるのです。
つまり、信用していないということです。
そして、 「自分の思い通りにしたい」という気持ちが
少なからず混ざっているのも感じます。
母の気持ちも、わからないでもありません。
でも、わたしは自分の体に余計な負担をかけたくないのです。
この“価値観の押し付け”は、
帰省のたびに必ず訪れる、 ちょっとした儀式と言えるかもしれません(笑)
🏔山の恵みをいただく
母の「食べ、食べ」攻撃には辟易しますが、
山や畑の恵みには、興味津々です(笑)
🌰山栗で栗ご飯
実家に帰ったとき、台所の片隅に山栗が置かれていることに気づきました。
聞くと、近くの山で拾ったそうです。
早速、その栗を使って栗ご飯を炊きました。
山栗は、大きさが2~3㎝くらいとかなり小ぶりなので、
皮をむくのが大変!
とりあえず、お米、塩、栗だけで炊いたのですが――
その栗ご飯が、もう本当においしくて。
栗がホクホクしていて、噛むたびに甘みが広がります。
山栗ってこんなにおいしかったんですね。
なんだか、とっても幸せな気分になりました。
家族も大喜びで、手間をかけただけのことはありました。

栗ご飯
🍠サツマイモでスイートポテト
実家の畑で採れたサツマイモを使って、スイートポテト作りにも挑戦。
ただ、生クリームや牛乳がなかったので、クリーミーさが出なかったのですが、
それでも素朴な甘さがあって、秋らしい味になりました。

いびつなスイートポテト
🍅柿の収穫
最後は、高枝ばさみをつかった柿の収穫です。
高枝ばさみを使うのが初めてだったので、
上手につかみながら切ることができず、たくさんの柿を落下させてしまいました。
落下した柿は、割れてしまうというさんざんな結果に…

収穫した富有柿
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